蘇る真空浸炭技術
モジュール式真空浸炭炉

真空浸炭炉の再起

  「技術提携といっても、ALD社の真空浸炭炉をそのまま使うというわけにはいきません。もちろん核となる技術は、ALD社の浸炭技術を採用していますが、設備の多くの部分で独自開発とも呼べる改良を施しています。」
  ALD社の最先端の技術と、“独自開発に限りなく近い改良”が、“使えない技術”というイメージを覆すような画期的な真空浸炭炉を完成させたのである。
  大同では ALD 社の誇るモジュールサーモ(MTF)と呼ばれる真空浸炭炉をベースに開発を進めた。大同版MTFには大きな特長が 3 つある。そのひとつが、国産化だ。
  国内で導入されている大型真空浸炭炉のほとんどは海外メーカー製であるが、それらはカスタマイズされることなく日本国内で使用されている。規格の違う海外製品をそのまま使用することで様々な不都合が生じるのだ。こうした問題を解消するために、宮嶋らは炉の国産化に力を注いだ。大同が再エンジニアリングして国内の規格に合ったものにする。さらに、ユーザーの使用条件に合わせて設備そのものをカスタマイズすることで、真空浸炭技術の効果を最大限に発揮する設備を実現するのである。
  また、従来の真空浸炭炉の最大の問題となっているのがメンテナンス性である。メンテナンスに手間がかかりすぎるというユーザーからの悲鳴があがっていたが、この点においては、ALD社の技術ではすでに解決を見ている。使用するガスの種類を変えることで、炉内がすすけやすいという問題を改善し、メンテナンスに関する不満を解消することができるのだ。
  そして、最大にして大同ならではと呼べる特長がシミュレーション技術である。これまでの真空浸炭では、経験知により浸炭条件を見出すしかなく、コスト・時間とも多大なロスを生むという大きな問題を抱えていた。しかし、大同では、浸炭メカニズムを理論的に解析し、それに基づくシミュレーションプログラムにより、パソコン上で浸炭条件を得ることができるのである。もちろん、ロスを最小限に抑えられ、しかもこれまでとは比較にならない正確な浸炭条件を得ることができるのだ。
  これは、業界屈指の材料開発ノウハウを持つ研究部隊との共同開発の成果であり、大同の真空浸炭炉の最大の特長の一つとなった。これまでの真空浸炭技術が越えられなかった壁、それを“冶金的アプローチ”で超えることができたのだ。そして、設備開発と材料開発の両方からこの夢の設備を創り上げることができるのは、大同しかいないと強く感じていたのが現実となったのである。こうして、プロジェクト発足当初より、研究部門、鋼材部門、設備部門を巻き込んで、合同プロジェクトとして展開し、大同の総合力を発揮することでこれまでにない確かな真空浸炭技術を成熟させていった。

やれるとしたら大同しかない―

  いよいよ設備の基礎は完成を見た。しかし、実はここから、宮嶋らが、いや大同がまだ足を踏み入れたことのない未開の領域への挑戦 が続くのであった。通常の設備売りの場合なら、設備の開発を終え、受注、納入といったプロセスを経る。ユーザーの元に設備が一旦渡れば、あとは当然ユーザーがその設備を自由に使いこなすことになる。だが、今回の浸炭の場合はまったく勝手が違っていた。
  自動車メーカーをユーザーとする今回の設備では、徹底的な検証と万全のバックアップ体制が求められる。
  まずテスト炉の建設が必須である。そのテスト炉で実際の部品を処理することによってユーザーの求める品質、生産性をすべてクリアすることを実証しなくてはならない。この実証を経た上で、MTFを導入するか否かが判断される。この実証試験は、ユーザーが変わる度、材料が変わる度、製品形状が変わる度に必要となるのである。
  さらに、設備納入後にも万全のバックアップ体制を求められる。例えば、納入後に重大トラブルが発生した際には、一時的な代替処理を実施する。 「もちろん、真空浸炭に参入することは単に設備売りだけではなく、ユーザーを取り巻くさまざまなハード・ソフトのインフラ準備が必要である事は覚悟のうえで挑んだプロジェクトなんですが、なかなか悪戦苦闘してますよ。」 と、宮嶋は苦笑を見せた。このような浸炭市場参入には、“自動車の製造ラインを止めない”ためにという大前提があるにせよ、多かれ少なかれ、草創期のトラブル発生時に生まれた“真空浸炭技術への不信感”という爪あとを感じずにはいられない。
  この設備がさらに本格的に活用されるようになれば、生産性向上、生産現場でのCO2削減だけでなく、真空浸炭技術を利用した開発材(既に一部開発済)によるミッション部品の小型化・軽量化を実現し、自動車の燃費向上をかなえ、地球温暖化防止に大きく貢献するという偉大な成果を発揮するのである。ガス浸炭から真空浸炭への切り替えは、いわば自動車部品等にたずさわる材料屋のみならず、設備屋にとってもあきらめきれない夢なのだ。 「徹底的にこの設備と技術の確かさを証明して見せなくてはならないんですよ。この真空浸炭技術が完成されれば、その先にはまだまだ材料屋にとっても、設備屋にとっても大変魅力ある未開の技術・市場が拓かれているんです。」 と、まっすぐな視線で語る宮嶋。
  真空浸炭に抱く大いなる不信感を振り拭うのは容易ではない。しかし、“やれる”としたら大同しかいない・・・この最後の期待に応えること。それこそが大同の天命なのである。

 
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