浅井教授は言う。
「出向井さんが凄かったのは、減圧吸引鋳造との合体に気付いたことでしょう。世界中の研究者がみんな、溶解したチタンを下に落として次の工程に進ませようと考えていたのですが、これだとどうしてもうまくいかない。せっかく良い状態で溶解されたチタンが、また不純物の影響をうけてしまう。それを吸引容器内を減圧して一気に鋳型に吸い上げるという、浮遊溶解と鋳造が非常に良好な状態なまま、ほぼ同時進行で行える方式を編み出したのですから。」
▲LEVI CASTで作られたゴルフヘッド
こうしてコールドクルーシブル型溶解炉と減圧吸引鋳造が合体したLEVICASTの技術は確立され、大同には2kgと15kg容量のLEVICAST実験炉が設置された。この頃と時を前後して、LEVICASTには大きな追い風が吹き始めていた。『ゴルフクラブのヘッドにチタンを・・・』というアイディアが一部製品化され、超高級品ながらゴルフフリーク達の憧れとなりつつあったのである。
LEVICAST法をほぼ確立し、その活躍のフィールドを求めていた出向井の情熱は、一気にチタン製鋳造ゴルフヘッドの量産化へと注がれることになる。
「LEVICASTでとりあえず試作品のゴルフヘッドをつくり、人に試してもらったり自分でも打ってみたりと、とにかく来る日も来る日も試作と試打の繰り返しでしたね。おかげで、それまでお付き合いでほんの少々といった程度で100なんてとても切れなかったゴルフが、今はかなりうまくなりましたよ。(笑)」
どこをどんな肉厚にするか、どこに重心を持ってきて、どれくらいの重量配分にするか・・・などなど、様々な試行錯誤があったが、LEVICASTは設計者の意図を反映した、非常に精密なレベルでニアネットシェープを実現でき、それまで難加工ゆえに開発経費も製造経費もかさんだチタン製ヘッドに革命的な進化をもたらすことができた。そして、この世紀の製造法によるチタンゴルフヘッドは、遂にゴルフメーカーへのOEMというカタチで製品化されたのである。それが1994年のことであった。
「どんなに素晴らしい技術でも、その開発の最終的な成果には運も味方しなければダメなものなんですよ。」
そう出向井が言う通り、ここからのLEVICASTには“強運”としか考えられないほどの華々しい成功が待っていた。バブル経済崩壊後のきびしい経済情勢の中にあっても、チタン製ゴルフヘッドは爆発的な人気を呼び、各ゴルフメーカーからの製造依頼が殺到したのである。
このチタンヘッドブームの大きな要因として、それまで超高級品であったゴルファー垂涎のチタンヘッドが、LEVICAST法によって比較的身近な価格になったことが考えられるが、それでも他の素材のクラブよりははるかに高価である。それがあの不況化で大ブームになったのはやはり運としかいえないのかもしれない。
いや、大ブームを生んだのがLEVICAST法なのか?ニワトリとタマゴではあるが、ともあれこのゴルフヘッドの大量受注は、LEVICASTを大同を代表する事業の一つに押し上げたといっていい。
今、LEVICASTは自動車や産業機械における、数々の画期的なチタン部品を生み出す現代文明の“魔法の小槌”として内外から熱い注目を集めている。そして今後は、
チタンの生体適合性を活かした、画期的な医療部品
の開発にも大きな期待が寄せられている。
思えば浅井教授の話から10余年。最初から需要と周囲の理解がある、いわゆる“日の当たる開発”ではなかった。しかし出向井は、この間辛く感じたことはほとんど無かったという。
「とにかく情熱をもって、楽しみながら前向きに取り組んできた10余年でしたね。」
インタビューの最後に、最新のLEVICAST製自作パターを披露してくれた。試打用マットの上で“コーン”という小気味いい打球音を聞きながらわずかに微笑む出向井には、いかにも大同のエンジニアらしい雰囲気が漂っていた。