汚泥転じて”花”となる
廃棄物処理再生装置 下水汚泥炭化システム

着眼点は「炭」

 そんな思いを胸に、森野らはTYK、高砂両社との技術提携交渉と、一方日本下水道事業団へは共同研究の折衝に奔走する。『下水汚泥の炭化処理システムの開発』は、大同の参加によって一気に加速することになる。
 「日本下水道事業団さんとは、いくつかのプロジェクトを一緒に組んでいただいたこともありましたし、大同には多岐にわたるプラント設計技術を活かせる力があると認識していただけていたのではないでしょうか。」
ともあれ、同プロジェクトはいよいよ正式な共同開発プロジェクトとして稼動していくことになる。
処理前
下水汚泥
下水汚泥
処理後
炭化製品
炭化製品
 そして、森野らはTYK、高砂が実施していた技術研究を体系的に整理し、これを処理システム(炭化炉単体ではなく前後工程も含めたシステム)としてまとめ上げる作業を、日本下水道事業団の研究システムや技術評価システムに対応した開発体制の構築と開発研究の実施と平行して行っていった。
 さて、下水汚泥の有効利用については、従来から再資源化の試みとして肥料化や建設資材などへの利用が行われていたが、そのための設備建設の経済性や、処理生成物の地域における流通に関連した需給バランスなど、課題が山積していて、その後の各地への普及には繋がってはいない。
 そこで森野らが着眼した「炭」、すなわち「炭化汚泥」は、木炭をイメージしていただければ当たらずも遠からずだろう。多孔質な構造、軽量、無臭が大きな特長で、有効利用用途は、土壌改良をはじめ園芸資材、融雪材、調湿材、脱水助剤、脱臭助材など多岐にわたる。しかも劇的な減量効果(およそ1トンの汚泥が70キログラム程度になる)がある。
 また費用の低減という観点では、汚泥自体から発生するガスに着目した。炭化炉の内部で加熱された汚泥はやがてガスを発生する。これを有効に利用できれば、このシステムに必要なエネルギーの大半を、システム自体で、言わば自給自足できるのだ。
 そんな夢のようなシステムの青写真を実現化すべく、いよいよ共同研究実証設備が建設された。こうして森野らのプロジェクトは構想から検証の段階へと進むのである。
 

汚泥との格闘

 甲は、設計担当としてこのプロジェクトに参加していた。彼らの造ろうとしている設備では、炭化処理後の生成物が、再資源として高品質で安定したモノであることが必須の条件であった。つまり再資源として実用性の高いものでなければ意味がないというわけだ。そこで甲らは、最終的な生成物の諸条件に基づいて、川上の課題を一つ一つ解決していくという方法をとった。
 一口に下水汚泥といっても千差万別である。どういう状態の汚泥をどれくらいの温度で加熱したら適度な炭になるか、この基礎的な条件分析だけでもゆうに4ヶ月は要した。
 次に、実際のシステムの中で、汚泥がどう流れ、どう炭化していくか。ここでは思わぬ問題も頻発した。汚泥の成分、湿度等が思いのほかバラついていて、色々なトコロでいわゆるふん詰り状態を引き起こすのだ。こうなると目詰まり部分は人力で掻き出さなければならない。現場のスタッフ達は、この汚泥にまみれたことも少なくなかった。甲は当時の様子を苦々しく振り返る。
 「なにしろ臭いがキツイんですよ。それがだんだん身体にこびりついてきて取れなくなる。しまいには周りの人にくさい人と思われているのじゃないかと(笑)」
 このような実証設備における様々な実験を繰り返し、甲らは安定的な生成物の生産に成功、ついに『下水汚泥の炭化処理システム』は日本下水道事業団からA技術認定をうける。
下水汚泥の炭化処理システム 下水汚泥の炭化処理システム
 

「再生」の姿

下水汚泥炭化システム1号機
▲ 下水汚泥炭化システム1号機
 A認定をうけしばらくすると、森野らのもとに朗報が届く。『下水汚泥の炭化処理システム』がいよいよ実用目的で発注されたのだ。プロジェクト発足から4年弱にしてようやく”開発“の域を脱し、”ビジネス“の土俵に上がった瞬間といっていい。
 しかし気は抜けない。森野らはふんどしを締めなおし、受注第1号機の建設に望んだ。なにしろこの滋賀県琵琶湖流域下水道湖南中部浄化センター向け1号機は、実証機の7倍の規模である。
 しかも、既存施設の限られたスペースにシステム全体を収めなければならず、実証機に比べ設計レベルの制約が遥かにあった。甲らは、再び現場にはりつきシステム間の調整に忙殺される。
 「規模にして7倍も違うと、実証機では想定されなかった様々な問題が噴出しました。ですから、またあの”汚泥掻き出し手作業“の繰り返しですよ。(笑)」
 そしてこの頃と時を同じくして、次の受注の報が舞いこむ。長野県川西保険衛生施設組合の川西広域処理場である。甲らは、まさに大車輪の活躍となった。そして様々な問題を一つ一つ解決し、どうにかこの二つの実機を続け様に完成させていく。
 完成を見た川西処理場に訪れた森野、甲らは、地域の人々が喜んで彼らの造ったシステムが生成した、かつては汚泥であった再生資源を持ち帰る様を目の当たりにした。それは下水汚泥といういわば人間社会の老廃物が、再生資源として地域の人の手に戻った瞬間であった。
 こみ上げて来る熱い思いを押さえながら、彼らは誰からとなく固い握手を交わしていた。
 
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