世界に誇る Only One
垂直式丸型断面連続鋳造設備

設計奮闘記

 穴の完成を見る前に、稲垣らは穴工事と平行して、No.2CC本体の設計業務を進めていた。予め大同の持つ膨大なデータを分析し、鋼の凝固するスピード等を算出した上で大まかな設備の構造をはじき出す。これをもとにして、機械メーカーに具体的な設計へ落としこんでもらうのであるが、ここでも設計はお任せというわけには行かない。安全性は万全か、作業効率に改善点はないかと、実際に操作する立場として、厳密かつ丹念なチェック・討議を行わなければならないのだ。なにしろ全高65mの巨大設備である。その要検討項目は恐らく万を超える膨大なものであった。
 例えば、ピンチロールと呼ばれる支持装置がある。これは45mにわたって、いわば空中にぶら下がったカタチになる鋼の上部で、鋼の降下速度を制御する重要な部分である。これには油圧式の支持ロールが採用されているのだが、その電源が万一地震などの突発的な事故で停止してしまったら…支えられる力を失った数十トンの鋼は、猛烈な衝撃力(ミサイル程度の破壊力と思われる)を持って落下し、場合によっては穴の底を突き破りかねない。そうなると2万2千トンの圧力から一挙に解放された海水が吹き出し、やはり大惨事につながる事態を招きかねない。
 そうした”万が一“の危険性すらも設計プランから読み取り、万全の対策を討議していくのだ。
またあるときは、たったひとつのボタンの持つ意味について延々と議論を戦わせることもあった。これだけの設備になると、オートメーション化される部分や、制御機能などを司るスイッチ類の1つ1つに重要な役割がある。無数にスイッチ類を増やせば、それだけ操作が複雑化するので、様々な機能を共有したボタンをできるだけ少数にまとめて設置しなければならない。その機能の組み合わせいかんによっては、作業の効率、あるいはトラブルの防御・発見に大きく影響するのである。
 極めつけは、より多品種少量生産を実現すべき工夫であった。せっかく造るなら…というこだわりの末、なんと1基のNo.2CCで、ほぼ同時に異なる二鋼種を連続鋳造できる構造にしてしまったのだ。
 もはや稲垣らに寧日はなかった。休みは半年に1日あるかないかといった状態で、連日討議を重ねつつNo.2CCの設計が穴の完成に合わせるように急ピッチで具現化されていった。
 そしていよいよ本体の工事を迎えるのである。
 

そして孤高の牙城は十余年

No.2CC 工事現場
▲ No.2CC 工事現場
 65mの高低差では、ボルト一つの落下でも弾丸のような衝撃力が生まれてしまう。そんな危険をはらむ工事現場に、1日の工事従事者が数百人にも及ぶのである。異なる階層での同時作業は危険回避のため禁止した。しかしそれぞれが納期に迫られながらの作業で、現場は騒然としている。こうなると、その”交通整理“が大騒ぎである。
 コチラを立てればアチラに不満が…という具合に、殺伐とした空気が流れる中で、稲垣らは冷静な判断と、強い意志を持って建設工事の調整に身骨をくだく。もちろん要所要所は自ら立ち会って施工確認や改善要求も課した。そんなこんなで、工事は予定期間中に滞りなく進み、たった一人の負傷者を出すこともなく無事に竣工を見るのである。
 既にプロジェクト結成から3年の月日が流れていた。初運転のその日、稲垣らは固唾を飲んでその様子を見守っていた。
 「正直に言うと、失敗からはじめればいいという思いさえありました。」
 当時の心境を稲垣はそう語る。これまで幾度も机上計算を重ね、シミュレーションでは万全に思える完成度を見たが、灼熱の溶鋼がこれだけの規模で流れるのである。それに最初から万事上手くいく設備の例はそう多くはない。まして今回は大規模かつ、これまでに例のない独創的な設備なのだ。
 まっすぐに下りゆく真っ赤な鋼を見つめながら、その場にいた誰もが、成功を祈る想い半ばに、次なる試練の覚悟を心のうちに秘めていたという。ところがこれは杞憂に終わる。
 「大方の予想を覆す大成功でしたね。」
 稲垣会心の笑みに、当時の興奮が滲み出る。
 こうしてNo.2CCは遂に完成した。この世界で唯一の画期的な連続鋳造設備をラインナップしたことで、大同は既存のNo.1CCと併せ、大量〜少量多品種、量産鋼〜高級鋼をそれぞれ比類なき生産効率で安定供給することに成功する。
 それから十余年。累計500万トンの高品質特殊鋼を世に送り出し、今なお、世界でOnly Oneという孤高の牙城を守りつづけるNo.2CCは、知多工場をして世界No.1の特殊鋼工場と称さしめる原動力のひとつといっていい。
 稲垣は今、その知多工場の長を務める。
 「今なおOnly Oneだからって、我々は決して立ち止まりませんよ。いつだってさらなる
Only Oneへ挑戦していきたい。そして必ず世界のTOPでいつづけます。」
 ただ造るだけなら面白くないとうそぶいた、かつての稲垣節は健在のようである。次なる挑戦への序章が或いはすでに始まっているように思われる。
 
 
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