新発想がかなえる画期的新鋳造設備
誕生!大断面鋳造機PHC

フライングスタートの勝利

 心強い協力者を得たとはいえ、装置の完成には時間がかかると天野は踏んでいた。鋼塊の温度は鋼種によって当然異なり、あらゆる状況下でどのような加熱をするべきかという条件を見出すにはそれなりの時間が必要である。しかも、前例はないのだから全て手探りで進めなくてはならない。通常のスケジュールで進めていたのでは、予定の時期に自信を持ってこの設備を立ち上げるのは難しいと判断された。
 そこで天野はある決断を下す。ひとつは、トップヒーター装置を含む、主だった設備の建設を通常のスケジュールより早めに開始すること。さらに、新設備を計画する際には欠かせない試験機の建設を行わず、直接実機の建設に取り掛かるというものであった。
「試行錯誤の時間はない。一刻も早く実機を創り上げ実践を重ねることで、与えられた時間をフルに活用したい。」
 そんな思いのもと、天野らは選りすぐりの現場技術者で結成した建設スタッフ陣、通称“四人の侍”を従え、一丸となって建設に乗り出す。しかし、時期尚早のためなんと肝心の建設地が用意されていない。仕方なく大同の技術開発研究所の一角にスペースを確保したのだが、本来こうした設備を建設するための土地ではないため、煙の流出など近隣への影響に細心の注意が必要となった。それでも新設備の開発に闘志を燃やす天野らは、その要求に応えながら着実に設備を創り上げ、必要な条件を根気強く見出していった。
 そして新鋳造機の立ち上げまで、三ヶ月もの時を残し、天野らは、すでに形となった設備の一部を確信に近い自信を持って見つめていた。この設備の性能はもちろんのこと、一見無謀な挑戦とも思えた異例の“フライングスタート”こそが、今回のプロジェクト成功の大きな鍵となったのである。
 かくして、新鋳造機の要となる頭部加熱機能がほぼ完成された後、さらに天野らは、もう一つの大きなポイントとなる機能の開発を手掛けようとしていた。それは、まさに原点インゴットの姿を受け継いだカタチとなった。
 従来のインゴットでは、鋳型にテーパーと呼ばれる傾斜が施されている。天野らは、インゴットの利点を探求した結果、このテーパーが効果を成していることを突き止める。そこで、新鋳造機では連続鋳造部の鋳型の受け口を徐々に広げることによってテーパーを設け、従来の連続鋳造では難しいとされていた鋳造中の凝固制御を可能にしたのだ。
 誰も実践したことのない連続鋳造でのテーパーの効果がどれほどのものかは、天野らも半信半疑であったという。ところが、実践してみると予想に反する高い効果を得ることができた。そして、これにより目指す品質の鋼を生み出す機能が揃い、世界が注目する連続鋳造と、伝統のインゴット鋳造の特長を併せ持つ夢の新鋳造機が遂に完成したのである。
 

次代へとつなぐ教訓

 揺るぎない自信を持って新鋳造機の立ち上げを迎えるために、天野らには果たすべき課題がまだ一つ残されていた。設備の安全対策である。せっかく創り上げた画期的な新設備を安全性の高い設備として稼動させるためには、万全の体制を整える必要がある。
 この安全対策において、大事なことが2点あげられる。一つは、万が一設備に異常が起こった場合、即座にラインをストップできる厳重な対策をとること。そしてもう一つは、些細な変化でラインが無駄に停止してしまう厳重すぎる対策にならないこと。
 矛盾して見えるこの2つのポイントは、天野がこれまで、様々な設備を稼動させてきた経験の中で得た教訓である。
「どんなに安全性の高い設備だといっても、実際に危険にはつながらないような変化まで察知して、そのたびにストップしていたのでは使い物になりませんからね。」
 天野はこの教訓を、ある若いスタッフに語り継ぎ継承してゆく。現場の一切を任せていたこの若者には、今後の設備の稼動を大きく左右する安全対策すらも一任した。まだ経験の乏しい若いスタッフに、あえて重大な責任を負わせ、自分は現場ではサポート役に徹する。この人材育成の方法もまた、天野自身の経験で得た教訓である。
「No.2CCのプロジェクトでは、若い私に上司が現場を任せてくれました。その時感じたやりがいやプレッシャー、やり遂げた自信があって今の自分があると感じています。」
 そして、若き日の天野と同じく大プロジェクトの一端を任されたスタッフは、天野の思惑通り夢の鋳造機と共に大きく成長していた。
 数々の挑戦の中で育まれてきた技術力。次代を担う若い人材へ脈々と受け継がれる大同魂。その両者を礎に得た新発想がかなえた、かつてない新鋳造設備”Promising Hybrid Caster“。その名には、設備の今後の活躍と、進化を続ける大同の明るい未来がしっかりと刻まれているのである。
 
 
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